2017年3月15日水曜日
【俳句】句集「雲中飛行」正岡豊
◇ 1 ◇
きりぎりす姉はななめに部屋に寝る
大人はみな人さらいヘルダーリンの街
父を今十字架がやってきてしばる
象一頭お前から出て星空へ
初雪をケンタウロスとなりて受く
フロイトのひげや窓には窓の雪
匂うかも知れず酢卵飲まされて
強姦の森に今日より二重丸
地図記号夏までの恋かも知れず
泳ぐものはみな戦士かな積乱雲
しみじみと蛇口ながめる夏博士
星の炭で出来たカヌーを漕いでこい
晩夏かな首に葡萄の匂いして
ながあめにわが背骨までみずいろに
はるかなり夏もそろばん教室も
◇ 2 ◇
恋人の瞳はあさがおのたましいよ
鷲のいるかなしい街で泳ぐのよ
帝王学まずかぶとむし踏み潰し
銀山へむかし旅せる菫かな
みずすまし土曜の星をぼくはみる
梅林を稲妻とよりそい通り抜ける
桃色の雲になるまでがまんせよ
三日月市立図書館蔵の光の絵
山界にふとふるさとのさるが死ぬ
このひとを殺して長ズボンをはく
棺運ぶも秋の男の力かな
戦争へ蕗もつれづれなるままに
こおろぎをばらばらにして春を待つ
宇宙船杉の匂いは杉のもの
中国や海水という橋ひとつ
◇ 3 ◇
中国よいずれ綿菓子になるとすれ
星の死を三つかぞえて長夜かな
熱気球見えなくなりて五月来る
きりすとが幌馬車にいまみえていた
八月の姉を踏み絵のごとく踏む
くさのはなのひきにげはんにんをさがせ
爆音も祈りも蝉を黙らせる
料理長死んで能登までいきたがる
ねむい朝の傷ねむい朝の霊
天竺へ髪の毛もいきたがる後夜
橋よりも水わたりたき夜空かな
夏河をわたれば濡れるふぐりかな
水着・水着・傘・傘・遠いきのこ雲
鯨座の遠い記憶に泣きなさい
彦星の妻にましろき恥垢かな
◇ 4 ◇
波がまた女人を一人つくりおえ
巨人国からこの国へ責め具ひとつ
ひるがおは人生のない岬かな
はねられのけぞる姿うつくし春の犬
奥海や馬頭星雲動きつつ
時計なり河原の蛙競べかな
八月をふと涙ぐむ煙草かな
追い風に桜はようやくねむるのね
翼とはステンレスで出来た母のことだ
長者を追い越してゆく駆け足のほたるぶくろ
旅人に死は三本のすみれかな
十月の雨のうしろへ帰る人
蝉増えて三人高校生が死ぬ
山の色この透明な蝉の羽根
秋よ手の中牛乳瓶の蓋一枚
◇ 5 ◇
魚の神をかろんずる水道局員
七月へ塩が手をふる屋上だ
汗・・・多くの兎・・・めざめてわれとなる
ねりわさび・ゴダール・遠くなる渚
大雨は旅人をかけぬけてくる
宍道湖やまぼろしの牛溺れけん
宍道湖や五時八教をそらんじて
出雲路やバレンシア・オレンジをかじる
旅にあればまたいたどりにささえらるる
強力者の背にかくされし朝顔よ
海亀にしたしむ物を母と呼ぶ
建物をかじれば甘し夏の暮
海・くちびる・誰かの下着・ほら、もう秋
傍らに壺ありにけり冬棺
壺にして階段であるものを背に
◇ 6 ◇
乾坤や桜にかすむ宇宙船
ひるがおをすこしくだけば鳥ならん
波打ち際は死体転がっても戻り
わが父に草魚は何をたのみおる
春の生き物みな一部分草魚かな
老父死して耳より出ずるせきせいいんこ
くちづけや背骨の伸びる病あり
くちづけの途中で止まる遮断機よ
けだものの声にあおざめたるさくら
桜にもみえねど河に炎あり
水星学を学べる兄に桜かな
割腹よりわれは桜に近かりし
そとからのちから観音様通る
畳にもほら穴あれば子は落ちぬ
ちいさい子おおきな魚影にもみえて
◇ 7 ◇
いとしさやこの世の果てに缶みかん
いとしさや背面飛びのドイツ人
いとしさへ伝言板をおくろうや
いとしさは滝をとめどもなく落ちる
いとしさよ名残とはすなわち金貨
あいしてる皿の上にも天気雨
あいしてるたくさんの倒れる椅子を
あいしてるったって楓はまだ緑
あいしてるどれも母音の胸乳よ
わめきつつ春は鯨を追いかけよ
いもうとの脇の下まで春ならん
内側に薬局あらん春の肺
しろつつじ妊婦なかなか消えぬ道
春光がさす杉林から逃げる
心中や天にかかるはレンズ雲
◇ 8 ◇
被害の写真
森をつかんでやせほそる
*
金曜日,寝室に針
土曜日,鉢植に僕
*
橋がうたう
またゆき場なき鳥の色
*
天にかくれる針ねずみ
金・銀・砂子・飛行石
*
ふたたびくぐるかすみ網
みたび,木枯かかるかな
◇ 9 ◇
街灯すら
青山河まで
ゆくものを
*
長髪の かまきり
短躯の かまきり
蝶食う かまきり
*
虹に樹は
まるまり
とがり
やせほそる
*
陰茎に
刺青されたる
虹の橋
*
腑分けされても
腑分けされても
剣へめがけて
のけぞる手
*
八瀬までも
水没したる
あかときよ
*
酒色の
甲虫
はつなつという
罪をくぐる
*
呪文にいたる道
柿の樹と
柿の樹と
巨大な月
◇ 9 ◇
セラミック・カービン銃の所持者・凶
NSNと磁石くっつく春の暮
春昼や海にめり込む船の原
いとしさの絹は港を旅立つや
天がめくられる封筒でおさえよう
戦闘的な草食獣にひるがおはほほえみかける
あの山は男の膝をいつも折る
春のキリンは即ちアリストテレスかな
日輪を睡眠薬のラベルでかくせ
木いちごの木と姉食らいあう真昼
いちご売りもとはとかげか額照る
巨石落ちいちごも医者もつぶされる
おおぞらのいちごの向こう花明かり
野いちごにかかわるフランス映画かな
梨にきて小さな鳥も大きく見ゆ
◇ 10 ◇
なにいろの梨銀漢でかじらんや
ふと異なる空間同時に占める梨
いもうとは梨をわらいて高熱に
梨剥けばあらわれる大寺院かな
梨は手に海と化したり青たんす
麦の秋幼女たずねる旅人算
眼帯をするものにだけ咲く桜
うつくしき地図のかたわら春の水
さざんかでかくす異境の捕鯨船
飛ぶ象を気にする白い男かな
白蛇や法華経ペトロフスキイ本
あかときの胸毛のごとき冬の駅
実刑判決だ 駅にささっている死体
きたぐにやふいにせつなしひるはなび
海難の娼婦の鞄黒かりし
◇ 11 ◇
押し花に似て城に似て壺一つ
あめのうお月を欲しがる国ひとつ
病む姉の瞳の水底のほととぎす
ゆうぐれを遠くで笑う貝柱
まぼろしをついにかなしむひばりかな
海の瞳にちいさくかかるからすうり
海の瞳をくるしめるためえぐるひと
水面に父とふたりでにじむかな
ひるがをや布団に父の足がつる
浮浪児よ山からみえぬ線路道
百合にとりすみれは海か中山道
旅人よ鳥の下なる氷かな
風葬にすみれ重々しくかえる
旅人よ絹を食う虫食わぬ蟹
かぶとがによりもやさしく交尾せよ
書誌:原本は1991年5月ワープロにて五部のみ制作。
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